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【ふりがな付き】日本の「料理研究家」とは?

2016-11-17 人民網日本語版 人民网日文版


日本(にほん)料理(りょうり)雑誌(ざっし)初めて(はじめて)料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」という言葉(ことば)見た(みた)(とき)料理(りょうり)研究(けんきゅう)している専門家(せんもんか)のことだろうと思って(おもって)いたが、(あと)に、その多く(おおく)主婦(しゅふ)で、一般(いっぱん)家庭向け(かていむけ)普通(ふつう)料理(りょうり)レシピ(れしぴ)紹介(しょうかい)しているだけであることを知った(しった)。そして、なぜ普通(ふつう)主婦(しゅふ)が「研究家(けんきゅうか)」と呼ばれて(よばれて)いるのかと不思議(ふしぎ)感じる(かんじる)ようになった。(文:徐航明。瞭望東方周刊掲載)

 

この疑問(ぎもん)は、何年(なんねん)(あと)になってから解決(かいけつ)した。

 

日本(にほん)料理(りょうり)世界中(せかいじゅう)で、おいしく、健康的(けんこうてき)で、芸術的(げいじゅつてき)なものであると知られて(しられて)いることは、「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」や、その背後(はいご)全国民(ぜんこくみん)料理(りょうり)研究(けんきゅう)し、互いに(たがいに)切磋琢磨(せっさたくま)し、よいものを(そと)発信(はっしん)するという大衆(たいしゅう)文化(ぶんか)密接(みっせつ)関係(かんけい)がある。

 

日本(にほん)の「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」はプロ(ぷろ)料理人(りょうりにん)ではなく、固定(こてい)職業(しょくぎょう)就いて(ついて)いるとも限らず(かぎらず)、その多く(おおく)料理(りょうり)研究(けんきゅう)目標(もくひょう)にしたアマチュア(あまちゅあ)料理人(りょうりにん)だ。もちろん、「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」のレベル(れべる)ピン(ぴん)からキリ(きり)まであり、料理(りょうり)研究(けんきゅう)し、家庭向け(かていむけ)料理(りょうり)紹介(しょうかい)している(ひと)なら(だれ)でも「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」と呼ぶ(よぶ)ことができる。しかし、料理本(りょうりぼん)出したり(だしたり)テレビ(てれび)料理(りょうり)番組(ばんぐみ)出たり(でたり)料理(りょうり)教室(きょうしつ)開いたり(ひらいたり)して、収入(しゅうにゅう)得る(える)(ひと)だけが、社会(しゃかい)認められて(みとめられて)いる「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」と言える(いえる)

 

料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」は日本(にほん)歴史(れきし)における、ここ100(ねん)社会(しゃかい)変遷(へんせん)映し出して(うつしだして)いると言える(いえる)

 

料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」の誕生(たんじょう)は、明治(めいじ)維新後(いしんご)の19世紀(せいき)(すえ)にまで遡る(さかのぼる)ことができ、日本(にほん)伝わった(つたわった)西洋(せいよう)料理(りょうり)をいかに日本(にほん)家庭(かてい)料理(りょうり)になじませるかが、当時(とうじ)多く(おおく)の「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」の研究(けんきゅう)テーマ(てーま)だった。第二次(だいにじ)世界(せかい)大戦(たいせん)終了後(しゅうりょうご)の1950年代(ねんだい)高度(こうど)経済(けいざい)成長(せいちょう)伴い(ともない)多く(おおく)女性(じょせい)社会(しゃかい)出て(でて)働く(はたらく)ようになり、時間(じかん)をかけずに作れる(つくれる)時短(じたん)料理(りょうり)」の需要(じゅよう)高まった(たかまった)。そして、「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」らもそれに合わせた(あわせた)レシピ(れしぴ)編み出して(あみだして)きた。近年(きんねん)になると、多く(おおく)(ひと)栄養(えいよう)健康(けんこう)考えた(かんがえた)料理(りょうり)注目(ちゅうもく)するようになり、それが「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」の新た(あらた)なテーマとなっている。

 

忘れて(わすれて)はならないのは、料理(りょうり)レベル(れべる)高い(たかい)からと言って(いって)料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」になれるわけではないことだ。その資格(しかく)得る(える)のは簡単そう(かんたんそう)だが、実際(じっさい)には()(ひと)勝る(まさる)さまざまな能力(のうりょく)必要(ひつよう)となる。

 

例えば(たとえば)料理(りょうり)上手(じょうず)であるほか、(しょく)歴史(れきし)文化(ぶんか)知識(ちしき)があることが最低(さいてい)条件(じょうけん)だ。それを基礎(きそ)に、例えば(たとえば)中華風(ちゅうかふう)だったり、和食(わしょく)西洋(せいよう)料理(りょうり)組み合わせた(くみあわせた)料理(りょうり)であったりと、料理(りょうり)における自分(じぶん)長所(ちょうしょ)発掘(はっくつ)し、特徴(とくちょう)ある料理(りょうり)レシピ(れしぴ)生み出さなければ(うみださなければ)ならない。

 

また、得意(とくい)料理(りょうり)がいくつかあるだけでは不十分(ふじゅうぶん)だ。レシピ(れしぴ)特許(とっきょ)守られる(まもられる)わけではないため、テレビ(てれび)(ほん)を通して(おおやけ)になれば、(だれ)でも作れる(つくれる)ようになる。そのため、「研究家(けんきゅうか)」になるためには、知識(ちしき)生かして(いかして)自由(じゆう)応用(おうよう)できる能力(のうりょく)新しい(あたらしい)料理(りょうり)創作(そうさく)し続ける(しつづける)能力(のうりょく)必要(ひつよう)だ。また、オリジナリティ(おりじなりてぃ)ある料理(りょうり)創作(そうさく)し続ける(しつづける)ためには、相当(そうとう)頭脳(ずのう)体力(たいりょく)が必要になる。

 

テレビ(てれび)新メディア(しんめでぃあ)(ちから)発揮(はっき)する(いま)時代(じだい)において、「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」はマスメディア(ますめでぃあ)(こころ)掴まなければ(つかまなければ)ならない。そのためには料理(りょうり)だけでなく、売り込み(うりこみ)もうまくこなさなければならず、大衆化(たいしゅうか)娯楽化(ごらくか)、ひいてはアイドル化(あいどるか)目指す(めざす)ために、奮闘(ふんとう)しなければならない。

 

日本(にほん)だけでなく、中国(ちゅうごく)にも、「(しょく)」を研究(けんきゅう)し、おいしい料理(りょうり)作る(つくる)ことのできる料理家(りょうりか)無数(むすう)にいる。中国人(ちゅうごくじん)(あじ)だけでなく、健康的(けんこうてき)レシピ(れしぴ)にもこだわる。そんな(ちゅう)(ごく)料理(りょうり)一層(いっそう)発揚(はつよう)し、世界(せかい)主流(しゅりゅう)料理(りょうり)にさせるためには、日本(にほん)のように多く(おおく)の「料理(りょうり)研究家(けんきゅうか)」を生み出さなければ(うみださなければ)ならないのかもしれない。この(てん)で、日本(にほん)中国(ちゅうごく)にとって多く(おおく)ヒント(ひんと)与えて(あたえて)くれる存在(そんざい)なのかもしれない。


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